〈倶子オフィス〉このごろ…14

Wish a happy new year 2004

甲申元旦

    

「作家は処女作に向かって完成していく」という言葉をきいたことがあります。
処女作というものは特別で、作家の原風景が色濃く現れてしまうもののようです。

わたしは秋田県、男鹿半島の生まれです。「男鹿のなまはげ」の荒々しさをーー
それは神事というよりも荒ぶる奇習にしか思えず、むしろ遠くで眺めていたい
行事でした。しかし、それも又、わたしの原点なのでしょうか。「詩を生きるもの
として鬼になりたい」とこのごろとみに思います。

        

   


   

November 2003

   

〈野〉

道端や空き地や野原にそよぐチカラシバやエノコログサ(ネコジャラシ)、そして
カゼクサたちに、しばしば立ちどまってしまいます。その春も夏も好きだけれど、
低くなった晩秋の陽を逆光に受けたその穂など、いままたいちだんの美しさです。

どうしてわたしは「野」なのだろうと、しみじみ想うことがあります。「野」では、
渡り鳥の声もきこえています。

   

  


   

October 2003

   

眉月 は、ひかりのようです
きょう空はそんな
眉月

ことし生まれの原の薄(すすき)や渡る雁は、そのあんまりのほっそりに、
驚きはしないのかしら?

      

   


    

April 2003

   

 

ポプラの歳月

わたしも弟もこの男鹿市立船越保育所に通いました。ずうーっと昔のことです。
弟の卒園のとき、母が「記念になるものを」と園長先生に申し出て、このポプラの樹を
1本、校庭に植えました。そのときのことは、はっきりと覚えています。
歳月は過ぎ、ポプラは巨きくなりました。「あの樹の前にみんなが並んで、入園や
卒園の写真を撮った」と聞くたびに、胸があつくなりました。そこで過ごした誰もが
その樹のことを思い出にしていたし、樹もまた、たくさんのこどもたちの笑い声を
きいていたと思ったからです。それは母の願いのようでもありました。

これが連れの最後の帰郷になると覚悟したとき、わたしたちは保育所のこの樹に逢いに
行きました。まだ寒い日でした。そしてそれは、連ればかりでなく、この樹とも
最期の訣れになりました。

いまはそこに樹はありません。母もそれから病んでいます。それが歳月のすべてでした。
いまはもう何を見ることもできませんが、溢れるような想いがあざやかさをまして、
それからはわたしにせまってくるのです。

    

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