〈倶子オフィス〉このごろ…15

July 2005

    

〈雨の降る日は〉

ベランダには、とうとう天井につきそうな樹木の鉢たち。なかには鳥たちからの実生も
あります。ベランダに雨は降りませんが、雨の日はこの樹々たちも外の雨を欲しがっている
とわたしは確信していて、わたしの水やりはたいてい雨の日。枝や葉っぱの下から横から、
もちろん緑のうえからも充分のシャワーです。それは殺虫剤の役目もするし、雨の日は
階下にだって配慮はナシです。
  
雨の日は花のいろの冴えるとき。紫陽花も立葵も山梔子も、最近とみに伸びた竹も、
みごとに生き生きしています。そんな彼らと逢うのも楽しみ。
  
夜の激しい雨はそして、外界とをカーテンになって遮断する。雨月物語や羅生門だって
甦ってきそうです。そんな雨音を聴きながら眠りにおちていくなんて、なんと贅沢なこと
でしょう。ですのでわたし、雨の降る日は、なんかとても忙しい。
 
  

雨の日、青山「光の小径」で

   


     

February 2005

  

〈足跡〉

「雪のうえに足跡をつけずに歩けたら、恋をしなさい」
とっさに「足跡をつけずに歩くなんて簡単よ」
わたしが中学生のころです。

堅雪の日は、そう、どんなに跳びはねても足跡なんてすこしもつかない。積もった雪の
表面が日中の陽ざしに溶けだして、それが夜の寒さに凍結すると氷の殻(クラフト)になる
のです。それはフランスの諺なのですが、わたしにとって堅雪の朝、そのときだけは、
いともたやすいことでした。

    

雪のうえ


September 2004

    

〈チングルマ〉

この夏は鳥海山(秋田・山形)笙ヶ岳に行ってきました。山の上も暑い夏ではありましたが、
しかし、呼吸がちがいます。足下の雲と緑から産まれた空気は、ひとつひとつの細胞の奥深く
まで浸透して、大自然のなかにいることの幸わせをつくづく感じさせてくれました。

笙ヶ岳ではチングルマの花の終わった実が、その名の由来のように稚児車に、カザグルマに
なっていました。いちめんの絨毯になっていましたが、そのチングルマは草ではなくて木。
マッチ棒くらいの花丈ですが、それで10歳。踏みつけてしまうとそれきりです。木ですから。
美しく華奢な贅の、なんという危うさ。

   

チングルマ


March 2004

    

〈星かしら?〉

金曜日の夜10時ころのことです。書留を出そうと東京中央郵便局に立ち寄りました。
郵便局を出て、真向かいの東京駅が見えたとき、いつにもまして駅のたたずまいがすてきでした。
街路樹はまだ裸のまま、枝のままなのでいつもより駅の姿がはっきりしていたこともあります。
けれどやはりどこか違う。夜は冷えこんでいるけれど、どことなくやわらかな、しっとりの
空気なのです。もう春が来る……

そのとき、あれは星かしら、と思いました。でもその星のきらめきがこちらに向かっているよう
なのです。それは渡り鳥でした。くの字形に並んでいましたが、街のライトを下からあびて、
群れは星にみえるのでした。どこまで翔んでいくのでしょうか。無事であれと過ぎた星に
思いました。
 
  

朱い実も食べた


Index  このごろTop1314・15263336374353656667Now

Copyright Tomoko Funaki. All right Reserved.